Monday, July 14, 2014

バセドー病と橋本病 パート1

20歳の時、海外留学資金稼ぎで働いていた東京の某ホテルでの健康診断で首が少し腫れているから血液検査をした方が良いと言われその結果バセドー氏病と判断されました。薬で数値が下がらなかった事とアメリカ留学が決まっていたので手術を、との事になり伊*病院に入院、そして手術で甲状腺を70%摘出しました。もう17年前の大昔の話しですが恐怖だった手術前日に先生に「お前は首に傷ができて妊娠もできなくなったら嫁のもらいてがないな」と笑われたのを覚えてます。

手術も最悪で1時間50分の局部麻酔の手術でしたので会話や匂い恐怖などかなりのトラウマになりました。特に手術左側の先生が右側の研修生に「そうやって気管に縫い付けるな。お前はいつも女と食べ物の話しばかりしてるからこうやって患者が長く苦しむんだ」と言っていたのを鮮明に覚えています。看護師さんが私の手をずっと握っていてくれた事が唯一の救いでした。汗

局部麻酔の理由は甲状腺の下には声帯があって少しでも傷がつくと一生声が出ないので甲状腺を切除する度に先生に「はい、声だして」と言われて「あ~~」というと声帯が震えるのでその様子を見ながらの手術でした。本当に恐ろしかったです。

手術後嘔吐してしまいその為に一ヶ月間声がでなくなりました。そして退院後一ヶ月の自宅療養、一ヶ月後に靴が履けず筋肉も弱って階段も登れなかったのを覚えています。

こうなった原因は17年経った今断言できますが口に入れていたものが原因でした。

事情あって18歳から一人暮らしをして歩合制の仕事で働いてたりしていたのと貧乏暮しだったなもあって食事はファーストフード、コンビニのお弁当、缶詰、レトルト食品、お塩も食塩でしたしお砂糖も沢山取っていました。

その時に恩師から紹介して頂いたのが「ニンジンから宇宙へ」という本でした。

彼の手紙にはもっと早く言ってくれたら手術しなくても治ったのに、と書いてありましたが当時の私にはピンと来ませんでした。

でも17年経った今なら分かります。原材料など一度も読んだことはありませんでしたし、食事は大切じゃないと思っていました。かなりの量のを体に入れていたんだなと。。

手術後は完治し14年正常で妊娠中も出産後も正常でした。

しかし2012年に橋本病と診断されてしまい先生から「一生薬を飲み続けないと生きられない」と断言されました。でも35歳になった私は自分の直感を信じてその先生に反抗する覚悟を決めたのです、、!!

~パート2に続く~

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